こんにちは。
夢求の里交流館、山縣です。
今回で27号目となる「むくろじ8月1日号」が出来上がりました。
シリーズ「少し昔の大道理」の特集の中で、夏の暮らしと食について、大畠地区にお住まいお安野アイ子さんから伺ったお話をこちらにも掲載させていただきます。
『6月8日、9日と行われた「ほたる観賞の夕べ」で、地元の方が栽培された野菜、加工品が販売され、
その中で梅干し、味噌など加工品を出品された安野アイ子さん。
味噌、梅干しともに好評で完売でした。手間暇かかる味噌づくりですが、毎年味噌を個人的に安野さん宅に購入しに来られる方もおられ、今年も二月、大寒の時期に四斗仕込んだものが盆過ぎに出来上がるそうです。
安野 アイ子さん( 大畠)
▲ほたるまつりでの販売の様子です
以前、蒟蒻作りについて、お話を伺ったことがありましたが、今回は梅干し、味噌などの加工品づくりの事、夏の暮らし方についてお話を伺いました。
安野アイ子さん: 『実家は高瀬の木谷という集落で、ダムが出来る前に高瀬に移りました。私は六人兄弟の五番目で、一番上の姉とは十二歳違い、その下に兄が三人、それから私、門前にいる妹(さつきさん)の順です。小学校までは四キロあり、一年生の時は、兄が手を引いて一緒に通ってくれました。
実家は農業をしていて、両親や兄たちが農作業をして、私は小学校高学年くらいから家族の食事を作っていました。母が材料を用意して、「これでおかずを作っちょって」と言われることもあれば、自分で献立を考えて作ることもありました。大家族だったので、食事作りは大変でした。
夏に友達と川へ泳ぎに行っても、夕食づくり等、家の仕事があるので、皆と長い時間遊べず、途中で帰らないといけないのが辛かったです。
実家での加工品づくり・食の話
実家では母が味噌、梅干し、タクアンなどの加工品を作っていました。昔は、今みたいに店で何でも買うことが出来ないので、どこの家でも手作りが当たり前でした。味噌づくりはおくど(※竈、土間、かまどのこと)で、米を蒸したり、大豆を煮たりして、一斗の糀に四升の大豆を入れてこしらえていました。
▲おくど かまど(竈)のイメージ画像です
大豆が不作の時は、少しの大豆にグリーンピース、エンドウ豆を加えて味噌を作っていたこともあります。その時の味噌は少し粘り気が強く、やはり大豆で作った味噌の方が代用の豆で作ったものよりも美味しかったです。
戦後の食糧難の時代には、ミツバチを飼って砂糖の代用にしていて、お餅にハチミツをかけて食べていたこともありました。
大道理の暮らし ~ハレの日の食事
大道理に嫁いで来たのは、二十二歳でした。主人は八人兄弟で、お祭、盆、正月には親族が家に集まるので、大人数になり、準備、片付けなど大忙しで大変でした。お祭りの時はちょうど稲刈りの時期で、当時は鎌を使って手作業での稲刈りなので時間がかかりましたが、お祭の時は一時中断し、早起きして食事の準備などに追われていました。
親族が家に集まった時の食事は、重箱いっぱいに天ぷら、お刺身などのおかずやお土産を入れたものでした。
お盆には、おかずが傷みにくいように、お寿司、大根等の野菜の酢物、焼き魚、南蛮漬け等、酢を入れたものを作っていました。
▲ちらし寿司イメージイラストです
御田頭まつり、観音様のご縁日
大道理の夏には、御田頭祭り、観音様のご縁日、盆踊り、八朔、などのお祭りがありますが、お嫁に来てしばらくの間、御田頭祭りが七月(土用の入りの頃)にあり、三嶋神社御旅所から神輿が出て、門前、西、大畠、鹿野地をまわってお昼に三嶋神社に戻る御神幸が行われていました。
大畠を御神幸される時、私の家にも立ち寄られ、神輿を担ぐ方にキュウリの酢物、そうめん、お酒などのお接待をしていました。
御田頭の前には、ご神幸の道を草刈りや道を※ろくうにする(※平らに)道作りがありました。
暑い季節に鎌と鍬で、広い御神幸の道を整える作業はとても大変なものでした。
観音様のご縁日には、今では皆で福田文子さん宅の観音様のところに集まってお祭りをしますが、割と最近まで、当屋の庭に観音様を運び入れ、集落の人に来てもらって、台所でお接待の準備をしました。昔は沢山の方がお参りに来られていました。
▲大畠地区の観音様
土用干し、お盆のこと
嫁いで以来、夏の土用には、「土用干し」といって、家じゅうの畳を虫干します。
土用干しをすると、畳の裏側が傷みにくくなり、長持ちがします。
庭に垂木を二本ずつ並べて、お日様に当てます。畳を全て干すには二日かかります。
ちょうど、土用の頃は夕立が多く、重たい畳をようやく干し終えて、少しお昼寝をしようと思っていたところに雨が降りだして、慌てて取り込まないといけなくなることもあります。
お盆は、七日日(なのかび)といって、8月7日から15日までの間がずっとお盆だとお姑さんが言っていました。
7日は柏餅の葉を山から採って来て柏餅を作り、竹籠を壁際にかけて、お客さんが来たらお茶と柏餅を出します。
7日日には、子どもは川に七回行って泳ぎ、七回柏餅を食べる良いとされる言い伝えがありました。
大畠の子どもたちは、西地区の川で泳いでいました。
川自体も浅かったのですが、大きな子が年下の子どもたちの面倒をみてくれるため、安心でした。
十四日には、仏壇にハナシバ、果物などお供えし、鬼灯に糸を通して結んだものを仏壇の上部に飾り付けしていました。
▲鬼灯の飾り イメージイラストです
大向の田代の方で、お盆に上の間(仏間)の軒下に船のようなお盆に茄子などの野菜に足をつけたもの(精霊馬)を乗せ、ご先祖様をお迎えされている様子を見たことがありましたが、私の家では、鬼灯を飾り、お供えをするというのが嫁いでからのお盆の迎え方でした。
梅干しのこと
「半夏の雨が降ったら、梅の実が落ちる」という言い伝えがありますが、梅干し用の梅は、梅の肩の毛(産毛状のもの)が取れてツヤツヤになった時が捥ぎ時だと、お姑さんから教わりました。
捥いだ梅は一晩水に浸けて、ヘタを取り、15パーセントの塩で漬けこみ、梅雨が明けたら、三日三晩、お天気の良い日に外で土用干します。
農協婦人部生産部時代、営農指導員の藤田さんに講師で講習会に来て頂き、15パーセントの塩で漬ける梅干しづくりを教わりました。
私は三日三晩よりさらに長く、五日位干します。
なぜ夜も干すのか不思議でしたが、腐るのを防ぐために少し濃い目に漬けた塩分を夜露に当てることで落とすということだと分かりました。
今年は九十キロの梅を6月25日に息子(長男 修二さん)に捥いでもらい、漬けました。』
(7月2日の取材時、水が上がって来ている状態で、7月16日から5日間、天日干しにされています。下の写真参照)
▲2018年7月19日。今年捥いだ90kg
の梅を天日干しされています
こんにちは。
夢求の里交流館、山縣です。
平成30年7月豪雨で被災された皆様に謹んでお悔やみとお見舞い申し上げます。
1日も早い復興を心よりお祈りいたします。
夢求の里交流館では、8月21日、火曜日に
「自然薯×ハーブ薬膳料理講座」を開催いたします。
★大道理産自然薯×ハーブを使って皆で楽しくクッキング!
自然薯粉とハーブスパイスを調合して作る本格派薬膳カレーです!
12種類のハーブスパイスと自然薯を使ったカレーで夏を元気に乗り切りましょう!!
▲講座チラシです
▲講座申込書です
【開催日時】 8月21日(火)10:00~14:30
【開催場所】 大道理夢求の里交流館(おおどうりむくのさとこうりゅうかん)
【講 師】 有吉 俊さん(NPOジャパンハーブソサエティ認定山口ハーブスクール代表)
見神二郎さん 河原美和さん (自然薯栽培グループ 神さまの杖)
山田芳子さん 井上千津枝さん 掛八重子さん (大道理夢求の里交流館)
【参加費】 中学生~大人 2,000円、小学生1,000円 小学生未満 500円
※材料費、昼食代込のお値段です。
【対 象】 一般の方(お子様も一緒にご参加いただけます)
【持参物】 エプロン 【募集人数】 先着20名
【申込み期限】 8月16日(木)
【お問合せ 申込先】 ☎ : 0834-88-1830 大道理夢求の里交流館
周南市大字大道理1332番地
こんにちは。
夢求の里交流館、山縣です。
山の緑色も深まり、梅雨もそろそろそこまで…。
大道理地区でももうすぐ蛍の飛び交う季節。
6月8日(金)、9日(土)の両日、第26回目となる「ほたる観賞の夕べ」が夢求の里交流館周辺で、今年も開催されます。
時間は、両日とも午後6時~午後9時まで
【イベント】
8日(金):ひょうたん一座のショー
9日(土)ハワイアンバンドの演奏
行灯の柔らかな灯りともるホタルロードを散策しながら、飛び交う蛍をご覧いただけます!
初夏の里山の情緒を味わいに大道理にいらしてみませんか?
こんにちは。夢求の里交流館山縣です。
大道理地区の食、風習祭事等、今日の生活の中に根付いているもの、今では失われた伝統等を知りたいという思いから始めた『少し昔の大道理』。「春を待つ」というテーマで、今回は中村にお住まいの山田均さん、富美子さんご夫妻にお話をお聞きしました。
▲「春を待つ暮らし」についてお話し下さった
山田均さん 富美子さん(中村)
山田富美子さん:『私は昭和11年に大道理の横川地区で生まれました。
地主の家でしたが、第二次世界大戦後、地主制度が解体し、父はそれまで教員をしていましたが、退職して農業を始めました。
私の家族も私も農業一年生なので、近所の方に手伝って頂いて、教わりながら作物を作り始めました。
私は四人姉妹で、学校から帰ると農作業を手伝い、田植えの時は、苗を運ぶ等していました。
熟れの悪い米は、千歯に稲をかけてこいだ後、一週間くらい水に浸け、お茶をいるための大きな釜でもみ殻ごと炒り、唐臼で挽き、焼き米にして食べました。味としては、茶粥に近い感じだと思います。
↑上の道具は、脱穀用の道具で、竹と竹の間に挟んでこいでいきます。
▲米を入れる袋の変遷。右から順番に時代が新しくなっていきます。
右から 俵→カマス→麻袋→現在の紙袋
上の写真は米を入れる袋で、右から左へ行くに従って時代が新しくなります。
俵はひと袋60キロ入れます。筵やカマスは、冬の間、雪の降った日などに炭鉢を置いて納屋で編みます。
昔は今よりも雪が多く降り、長靴の中にも雪が入って来ていました。
カマスは、雪かきにも使っていました。
米を出荷するための袋は、何目縫うか等の規定があり、難しく、最初は近所の方から教わりながら作りました。
婚礼、桃の節句、ハレの日の食事
かつて大道理での婚礼は、自宅で執り行われていました。
「尻が据わりますように」という思いを込めて、地域の方が結婚式にお地蔵様を担いで運んで来られ、お礼としてお酒を一升お渡しする風習がありました。
お地蔵様は結婚式の後で新郎がお返ししますが、元々お祀りされていた場所が分からなくなってしまうこともあったと聞いています。
婚礼のための花嫁道具が必要なのは女性だけではなく、養子に入る男性も洋服ダンス、和服用のタンス、長持(布団タンス)、着物など、花嫁道具同様に支度が必要でした。
父(富美子さんの実父)が養子に入った時、トラック二台分の婿入りの道具でしたが、家に入るまでの道が狭く、家に運び入れるのが大変だったという話を実家の隣家で暮らしていた分家の叔母から伺いました。
今では行われていませんが、大道理地区では初めて娘が桃の節句を迎える家があると、近所の方が雛人形を持ってお祝いに来られ、お礼に家では、お刺身、酢物、お吸い物、茶わん蒸し、焼き魚などの食事を振る舞う風習がありました。我が家でも娘の初節句の時には、近所の方が雛人形を持ってお祝いに来られ、近所の方と、山田家だけでなく実家の両親も招いて賑やかにお祝いをしました。
地神申(申祀)・お日待ち
毎年、私の家と山田悦美さん、斎藤数典さんの家の三軒では、立春過ぎの2月に、「お日待ち」をします。お日待ちとは、日じん祭のことで、産土の神社である三嶋神社の宮司さんに来て頂いて、太陽の恵みに感謝し、水神様、火の神である荒神様、土地の神様をお祭りし、一年の家内安全をご祈願するものです。
▲地神申の準備風景 御幣を皆さんで準備されています(中村地区)
中村地区では「地神申(じじんもうし)」を毎年立春過ぎに行っています。
(※三嶋神社の宇多宮司さんによると、地神申は、土地神様をお祀りすることに特化した民間信仰で、土地全体、地域全体をお守りして頂くためのもので、お日待ちは、太陽神(天照大御神)、水神様、荒神様、歳神様をお祀りし、恵みに感謝して、一年の家運隆盛、無病息災を祈る行事なのだそうです。)
▲お祓いをされた後、宮司さんが土地の皆さんの無病息災を祈り土地神様へ祝詞を奏上されています
お日待ちは、今年、斎藤数典さんの家がお世話をされる当屋となり、2月12日に斎藤さんのご自宅で行いました。
お祀りの準備はそれぞれの家で行います。お供え物は、必ずしもこれを準備しないといけないというものではありません。実家が宮司の家で、実家でもお日待ちをしていたため、実家でのお日待ちと、嫁いで来てから義母に習ったことを踏まえて私の家では、お水、お洗米、酒、榊、ロウソクを祭壇の一番上にお供えし、二段目には、人参、椎茸、大根、ブロッコリー等のお野菜や、リンゴ、ミカン、柚子等の果物、海苔などの乾燥したもの、ニラミダイ二匹をお供えします。
当日、宇多宮司さんに来て頂き、この一年間の家内安全と無病息災、お日様など自然の恵みに感謝し、今後一年間、家内安全と、五穀豊穣をお祈りする祝詞を宇多宮司さんに奏上して頂き、水神様、荒神様、山の神様のお札、御幣を頂きます。
山の神様へは、敷地内で四か所に、小豆、お米、大豆等の五穀をお供えし、御幣を立ててお祀りします。これまで先祖が続けてきたことを、自分たちも受け継ぎ、一年に一度行うことで気持ちの上でも清々しく過ごせる気がしています。』
こんにちは!大道理夢求の里交流館の山縣です。
雪が多く、寒さ厳しい冬からようやく春の気配が感じられる季節になりましたね!
今年も芝桜まつりの季節となりました!
4月1日(日)~5月6日(日)まで、「第8回 大道理芝桜まつり」を開催いたします!
おまつりの期間は、5月6日までとしていますが、花の状態によって変更となる可能性があります。
《芝桜まつり期間中のイベント情報》
・4/14(土):餅つき、お餅の販売
・4/15(日):結婚セレモニー
☆ニューシティウインズの演奏
☆山口ゆめ花博開催記念で、4/15日(日)は、「ちょるる」「やまりん」来場予定です!
場所:芝桜まつり会場内
※「人と自然が繋がる里おおどうり フォトコンテスト2018」開催決定につき、
前回の「人と自然が繋がる里おおどうり フォトコンテスト2017」入賞作品を芝桜まつり会場内で展示します!
※まつり期間中、会場内の散策用に車イスの貸し出しを致します
◇今年も里山の風景を美しく彩る芝桜の花を五感で愛で、春の訪れを体感しに大道理地区へいらっしゃいませんか(^^)/
「~ ふるさとの味を次の世代へ繋ぐ、伝える! ~」
というテーマをもとに、大道理地区で伝統的に家庭で作られて来た豆腐づくりや、豆腐を使ったおかず、スイーツ、おからの卯の花汁などの料理講座を開催します。
【開催日時】2/26月 9:30~13:00
【場所】大道理夢求の里交流館
講 師:山田悦美さん、秋貞啓子さん、山田芳子さん、井上千津枝さん、掛八重子さん
対 象:どなたでも 先着20名
参加費 2,000円(昼食代込)(枠、大豆、にがり等 手作りお豆腐キット付!)
※ご自宅に帰られてすぐに豆腐作りをお楽しみいただけます!
持ち物 エプロン、三角巾
申し込み期限 2月21日(水)
【タイムスケジュール】:午前9時半~ お豆腐作り &大豆を使った料理教室
★大豆をフル活用したヘルシーメニューレシピ紹介!
【大豆料理教室献立】
- 豆腐入りメンチカツ
- 卯の花汁
- 豆腐の白玉だんご
大道理産大豆を使用した安心安全食材を使った料理講座です♪
豆腐作りに必要な2丁分の豆腐型枠、にがり、漉し布も手作りキットとして参加者の皆さんへお渡しします!
伝統的な絶品手作り豆腐と、大豆活用術を身に付けて、ご家庭でも楽しめる絶好の機会です!!
▲大豆植付風景です(2017年6月15日)
~粟山宣行さん (河内)のお話~
粟山宣行さん:『私は、八人兄弟の一番下です。男七人、女一人の兄弟で、一番上の兄とは十六歳年の差があります。姉とも十四歳違いで、姉は私が中学生の時、お嫁に行き、お盆には実家に帰省していました。
八人兄弟の中で唯一の女性で、※がりっぽう(※気が強いという意味だそうです)でしたが、徳山の映画館に連れて行ってくれるなど、優しくしてくれていました。
私は、中学卒業後に大道理から出て、二十年ばかり徳山に住み、再び大道理へ帰ってきました。
家には、牛と馬と両方いて、馬は、山の木を伐り出したものを「地引」といって引く作業をしていました。牛は雌ばかりを二年飼い、共進会に出していました。牛のいる「だや」(牛舎)には、山の草を刈ったものを敷き、普段は、草を食べさせたり、稲刈りして脱穀した稲わらを積み上げた藁のうの藁を与えたりしていましたが、共進会の前には丸麦を食べさせていました。
農業のこと・養蚕について
家の裏にはかつて、共同の精米のための水車小屋があり、近所の家が交替で米をはがしていました。うちの家では、姉が本を読みながら、一日じゅう足で搗いて、米を剥がしていました。昭和初期には、蚕を飼う人が多く、私の家でも、母が嫁に来た当初は、養蚕をしていて、桑の木を植え、天井裏が蚕の部屋になっていて、はた織をしていました。今はありませんが、かつて家には、はた織機がありました。
私が中学生の頃までは、農作業は全て手作業で、稲刈りは、家族全員でしていました。田植えは、大雨が降った時にも、蓑笠を着てしていました。
当時は、収穫した稲の中で、良いものを種籾としてとっておき、田植えの時期には、桶に三日位漬け、苗代をこしらえて、種を蒔いて育ったものを田んぼに植えていました。田植えの時には、芯綱という、三角形で一センチくらいの道具を使っていました。遠くの田んぼに行くときは、朝八時くらいに家をでて、お弁当を持って行って、家族で食べていました。夏場は、昼間は暑いので休み、夕方から夜にかけて作業していたので、夕食の時間は夜八時から九時くらいでした。
子ども時代の遊び
近所に同級生はいませんでしたが、学校から帰ると、近所の子ども同士で遊んでいました。男子は穴を掘って、ラムネの球を誰が早く埋めるかを競ったり、映画スターや野球選手の絵が描かれたメンコをしたり、釣りをしたりして遊びました。
こどもの頃には川がきれいで、ウナギが沢山いて、ウナギを釣ったり、ツガニを獲ったり、ハヤを獲ったりしていました。
食事のこと、最近の暮らし
私の父は猟をしていたので、兎や山鳥などが獲れた時には、畑で採れたゴボウなどの根菜を入れて、母が炊き込みご飯を作ってくれていました。そういった食事はごちそうでした。母親の作ってくれた食事は、何でも味が良かったですが、酢の物が特に美味しかったです。普段の食事は茶粥と、ジャガイモなど根菜類の煮物などで、冬から春にかけては、麦ごはんを食べていました。麦は、牛や馬には、丸麦を煮たものを食べさせていましたが、人間用としては、麦をぺしゃんこにへしゃがして、柔らかくしたものを白米に混ぜて食べていました。一月末の大寒の時期は、朝から晩まで、寒餅を搗いていました。搗いた餅は、漬物桶に水を張って水餅にしていました。
中学生になると、給食がありました。向道地区は、徳山市の中でも、早い時期に学校給食が始まり、学校には給食室があり、そこで、給食が作られていました。小学校時代には、脱脂粉乳が出て、とても飲みにくかったのですが、中学校の給食では、家で食べたことのないようなものも出され、特にカレーが美味しかったです。
定年退職してから現在までは、畑仕事などして毎日過ごしています。数年前から沢庵を漬けていて、最初は失敗もしましたが、段々要領が分かって来て、美味しく出来るようになりました。子どもの時以来、久しぶりに今年は、畑の傍にある茶の木の茶摘みをして、自分で炒って飲みました。昔から我が家にある、茶渋に染まった筵(むしろ)の上でもむと、とても良い香りがしました。毎日、農作業や家の事など、なにかしら仕事を見つけては、体を動かしています。』
夢求の里交流館の山縣です。
いよいよ今年も残すところわずかになりました。
優しく爽やかな香りに癒されるハーブリースを手作りして、素敵なクリスマス、新春を迎えてみませんか?
大道理夢求の里交流館では、「ハーブリースづくり体験講座」を
12月16日(土) 10:00~15:00
開催します!
▲リース作り講座チラシです
【開催日時】12/16(土)10:00~15:00
【会 場】大道理夢求の里交流館
【講 師】 河野敏子さん
【対 象】 どなたでも
【定 員】 先着20名
【参加費】リース一つで2,500円(昼食代込)
【持参物】軍手
【申し込み期限】 12月8日(金)
【お問い合わせ 申し込み先】
℡:0834-88-1830
メール✉mukunosato@m2.ccsnet.ne.jp
周南市大字大道理1332番地 大道理夢求の里交流館
まで、よろしくお願いいたします!
こんにちは。夢求の里交流館山縣です。
すっかり空も秋らしくなり、清々しい空気に包まれて、徐々に木々の葉も色づいて来ましたね。
今年も大道理夢求の里交流館で、「秋のお散歩カメラ講座」を開催します!
★何気ない日常の風景を印象に残る一枚にしたい!
★生き生きとしたこどもの表情を撮りたい
★座学&実践:周南市北部の「旧向道中学校ふるさと芸術村」木造校舎&紅葉を迎えた「向道ダム」、長穂の「龍文寺」で撮影しながらスキルアップ!
★交換レンズで写真が見違える!人物撮影に適したレンズ交換体験出来ます!
★フォトコンテスト参加者必見!講座参加特典として、大道理・長穂地区の隠れた名所、撮影スポットのお宝地図を差し上げます!
当日は「人と自然が繋がる里おおどうり」フォトコンテスト2017の表彰式の後、カメラ講座を開催します。
今回は長穂公民館と大道理夢求の里交流館との共催という形で、「旧向道中学校ふるさと芸術村」の木造校舎と、長穂地区の紅葉の美しい「龍文寺」、紅葉を迎えた「向道湖」をカメラに収めて頂く実技講座を体験して頂けます!
開催日時 :11 / 19(日)10:00~15:30
【会 場】 大道理夢求の里交流館 大会議室
【講 師】 カメラのワタナベ 淺原 透氏
【対 象】 どなたでも(初心者歓迎!)
【定 員】 先着30名
【参加費】2,000円(昼食代込)
【持参物】 カメラ、メモリーカード(お持ちの方。お持ちでない方はこちらでご用意します)
【申し込み期限】 11月12日(日)
【お問い合わせ 申し込み先】
℡:0834-88-1830 メール✉mukunosato@m2.ccsnet.ne.jp
周南市大字大道理1332番地 大道理夢求の里交流館
▲講座申込書です
~ 安野マツ子さんのお話 ~
▲安野マツ子さん
安野マツ子さん: 『子ども時代、小学一年生から六年生までの中央部落(西、大畠、門前)の子どもたちは男女問わず、皆一緒に行動していました。皆について行けないと、遊んでもらえないので、小さい頃はついて行くのに必死でした。高いところから飛び降りるにしても、怖いと感じる間もありませんでした。夏に、向道ダムの堰堤で皆が泳ぐのについて行き、おぼれかけた記憶があります。何をするにも必死で皆について行って、それで上達していった気がします。学校から帰ると、大道理じゅう歩きまわって皆で遊んでいました。野イチゴが実る季節になると、お弁当箱を持って黄色や赤い実を摘んでいました。ニッケの根を掘って食べたこともあります。餅まきがあるという情報を、上級生のお姉さんたちから聞くと、(範囲としては)大崩から大久保の端まで歩いて行っていました。
小学生の時は、学校が始まる一時間前に行って、皆で遊んでいました。
遊ぶ仲間に入るための締め切りの時間があって、その時間を過ぎると、仲間に入れてもらえず、皆が遊ぶのをただ眺めているだけになってしまいます。子どもには、子どもなりの様々なルールがあり、そのための心痛もありました。遊びには上級生から受け継がれて来た様々なものがあり、年上の子たちが決めたルールに従って遊んでいましたが、仲間に入れてもらうと嬉しかったです。
遊びの中でも独特なものだと、「カメ」というものがありました。校庭に模様を描いて、二つのチームに分かれてルールに従って遊ぶというものでした。
大畠の子どもが川遊びする時には、西の安野和雄さん宅付近に昔あった、石風呂の近くの川を堰き止めて泳いでいました。川の水は冷たく、唇が紫になっていました。
「食生活のこと」 子どもの頃の食生活では、柏餅、お豆腐などは特別な時に食べるごちそうでした。柏餅は田植えが終わり、泥落としの時に作り、お豆腐は、お祭りの時や、お盆、正月に、自宅で作っていました。石臼で大豆を挽いて、大きな窯で呉汁を煮て、豆乳が出来、豆腐になります。
日頃の食事は、ご飯、味噌汁、沢庵、梅干し、ラッキョウなどの漬物を食べていました。私の家の茶粥は、ほうじ茶を予め煮出した熱いお茶で、米と輪切りにした芋を入れて炊くという形のものです。当時食べていたものがとても美味しく、今でも茶粥を炊きます。漬物は、大きな木製の四斗樽に漬け、その上に大きな石を沢山置いていました。お魚は、カンカンを背負った行商の人が週に何度か大道理を訪れていて、その方から買ったものを食べていました。
子どもの頃は、今では考えられないくらいに、松茸が沢山採れていました。ザル一杯になるくらい採れたものを背中に背負って、自宅に持って帰り、七輪で焼いて食べていました。シメジも採れていましたが、とても大きかったです。
「親から子へと伝えていくもの」 子ども時代には、家の手伝いで山に入り、親から様々なことを教わりました。松茸があるのは、シダのあるところだとか、この道は大向に通じているだとか、色々な知識を伝えてもらいました。
「農業 祭事、信仰のこと」 農業は、今みたいに機械化されていない時代で、田植えにひと月、稲刈りにひと月かかっていました。そのため、農繫期休暇が春の田植えと、稲刈りの時期にありました。小さい子にも田んぼでの仕事はあり、家族が稲を刈った後、ハゼ掛けしやすいよう、藁を置いていっていました。高校生になると、学校からバスで帰り、田んぼの仕事をして、それが終わってから夕食の支度をして、夕食は午後九時頃から、というような生活でした。
▲牛の共進会の様子。手前で牛を引いておられるのが安野マツ子さんのお父さん
自宅には、農耕用の牛と鶏、ヤギがいました。父は牛を育てるのが上手く、小学校の校庭で当時行われていた牛の共進会では、金賞を度々貰っていました。牛は人懐っこく、寄って来ます。学校から帰ると、牛が売られていた時には、寂しい気持ちになりました。牛には、麦をふやかして炊いたものを食べさせていました。
観音様のご縁日の日には、大畠だけでなく、西、鹿野地などの観音様にお参りし、西部落の山の頂上に祀られていた石鎚様も、観音様のご縁日と同じ日にお祭りがあったため、石鎚様にもお参りしていました。
「子ども時代を振り返って」 私の同級生には活発な子がいて、その子から色々と遊び方を教わりました。環境や付き合う友達によって、全く違う子ども時代になると思います。小さい頃はいつも大きな子について行くことに一生懸命で、色々なことができるようになり、活発な同級生と一緒に行動することで、楽しい子ども時代を過ごすことができました。』



